神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)1186号 判決 1988年11月18日
原告
松島和實
右訴訟代理人弁護士
平栗勲
被告
伊丹市
右代表者市長
矢埜興一
右訴訟代理人弁護士
秋山英夫
右指定代理人
村上雅宥
外二名
主文
一 原告の請求を棄却する
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一〇一〇万一三〇四円及びこれに対する昭和五九年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 主位的請求原因
(一) 原告は、昭和五七年春頃、別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)に同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築することを計画し、株式会社六商(以下「訴外会社」という。)に本件建物の建築工事を請負わせ、昭和五八年三月一〇日頃、被告に対し、建築基準法六条一項に基づき本件建物の建築確認申請(以下「本件確認申請」という。)をした。
(二) 原告は、被告の伊丹市中高層建築物の建築に関する指導要綱に基づき、関係住民に対する説明並びに対象建築物の事前届出等所定の手続きに従ったうえ、本件確認申請をしたものであり、右申請は、建築基準法上の総ての建築規制(建蔽率、容積率等)に適合した。なお、日影規制については、本件土地付近は近隣商業地域で日影規制の対象外区域であった。
従って、原告の本件確認申請に対し、被告は、無条件で速やかに建築確認をすべきであったが、建築確認がなされたのは、同年六月一〇日であった。
(三) ところで、被告は、宅地開発を規制する措置として、伊丹市住宅開発等指導要綱(以下「本件指導要綱」という。)を制定(昭和四九年五月一五日施行)し、伊丹市における住宅建設事業につき、所定の開発、建築規制を加えている。本件に関する主な内容は次の通りである。
(1) 公共下水道処理区域(下水道法九条により公示された区域)内で宅地開発事業又は建築事業(以下「開発事業」という。)が行われるものについては、市公共下水道計画で定めた用途地域別計画人口を越えて住宅(併用住宅を含む。)が建設されることとなる場合においては、公共下水道への流入を認めない。但し、市長が特に流入を認めた場合で、別に定める「伊丹市公共下水道整備協力金取扱要領」に基づき公共下水道整備協力金を納入したときはこの限りでない(八条五項)。
(2) 開発事業を行う者(以下「開発事業者」という。)は、開発区域内に、住宅(併用住宅を含む。)の建設を目的とする場合にあっては、建設計画戸数から九戸を減じた戸数に一戸当たり3.7人を乗じた人数に一人当たり三平方メートルを乗じた面積以上(但し建設計画戸数が二〇戸以上の場合は、九戸を減じない。)の公園等用地を確保し、施設等を整備のうえ、市に提供しなければならない(一一条四項一号)。
前項により算出された面積が二〇〇平方メートル未満の場合、又は開発区域の周辺に相当規模の公園、緑地もしくは広場が存する場合は、同項により算出された面積に年度当初市長の定める金員を乗じて得た額の公園等整備協力金の納付をもってこれに代えるものとする(一一条五項)。
(3) 開発事業者は、費用負担等この要綱に定める各事項について、建築確認申請前あらかじめ、市長と協議してその承諾を得なければならない(四条)。
(4) この要綱による指導に従わない開発事業者に対しては、市は必要な協力を行わない(二六条)。
(5) 協力金の納期は建築確認申請の日までとする(本件指導要綱細則四条二項等)。
(四) 本件指導要綱及びこれに基づく行政の違法性
被告は、本件指導要綱に基づき開発協力金(以下本件協力金という。)を開発事業者から徴収しているが、本件指導要綱及びこれに基づく行政(右徴収行為)は、次のとおり違法である。
(1) 本件協力金は、建築確認申請に際し開発事業者に課せられる開発負担金であり、地方公共団体が賦課する賦課金の性質を有する。
しかるに地方公共団体が賦課する開発負担金は憲法八四条、地方自治法二二四条、二二八条、二条三項一八号、都市計画法七五条、道路法六一条、河川法七〇条等の趣旨に照らし、市町村の条例によって定めるべきものである。本件指導要綱は、法律上の根拠または授権に基づかない行政機関内部の訓令に過ぎないから、開発事業者に対し本件協力金の納付を強制できないことは明らかであり、従って、これを強制することは、開発事業者から分担金ないしは割当的寄付金を徴収することとなり、少なくとも地方自治法二二八条一項、都市計画法七五条、道路法六一条、地方財政法四条の五の諸規定に違反する違法な行為である。ちなみに、地方税法七〇三条の三は、市町村が宅地開発事業者に対し宅地開発税を課することを認めている(通達により、一平方メートル当り金五〇〇円以内とされる。)から、市町村は、これによって開発負担金を徴収すべきである。
(2) 本件指導要綱の協力金に関する規定は極めて命令的断定的で、その支払いが事実上強制されているのみならず、本件指導要綱二六条は、要綱による指導に従わない開発事業者に対しては、市は必要な協力を行わないと定めているところ、右に必要な協力としては建築確認、水道供給、排水汚水の流出等が考えられるが、これらの協力が得られないということは、開発事業者にとっては致命的であり、しかも、同要綱四条は、費用負担等の事項につき開発事業者が建築確認申請前に市長と協議し、承認を得なければならないと定め、かつ、本件協力金の納期は建築確認申請の日までと定められている(細則四条二項)から、本件協力金の支払いは、明らかに市の建築確認行為と関連づけられ、建築確認の条件となっている。
かように、本件協力金は、本件指導要綱及びその下位規範たる細則、要領により支払を強制されているのみならず、被告における適用の実態も、協力金が対象となる申請案件全部につき一件の例外もなく本件協力金の支払がなされ、規定通り支払えない場合は誓約書を差し入れて分割納付するようになっていることからしても、本件協力金の支払が強制されていることは明らかである。
(3) 更にまた、一片の指導要綱により地域住民に対し過重な負担を強いることはできないところ、本件協力金は、開発事業者に対し相当高額の負担を強制するものであるから、その徴収は、議会の議決を経た条例の形式によるべきである。ちなみに、原告の場合、総工費一億三五〇〇万円の本件建物建設に対し、本件協力金の額は、後記のとおり一〇〇〇万円を超えるものであった。
(4) 従って、本件指導要綱に基づく本件協力金の徴収行為は、違法である。
(五) 原告に対する行政指導の違法性
(1) 原告は、本件建物の建築を計画して以降、自ら市役所に出掛けて担当係員と面談し、マンション建築に関する伊丹市の規制について説明を受けたが、その際、応接した係員は、本件指導要綱を示しながら協力金名目の負担金が必要である旨を説明した。その後、原告は、本件建物の建築を請負わせた訴外会社からも、協力金名目の負担金を支払わねば建築確認は下りず、その支払は義務的なものであるとの説明を受けたが、原告としてはどうしても本件協力金の負担に耐え難かったので、昭和五八年五月頃、被告を訪れ、市会議員を介して被告の都市開発部都市計画課長鈴木克己(以下「鈴木課長」という。)と面談した。その際、原告が鈴木課長に対し本件協力金の納付が義務的なものであるか否かを尋ねたところ、鈴木課長は、本件指導要綱で定められていることであり、本件協力金は必ず納付する必要があり、納付をしなければ建築確認は下りない旨の行政指導(以下「本件行政指導」という。)を行った。
(2) そこで、原告は、本件協力金は負担せざるをえないものと考え、昭和五八年六月一〇日、被告に対し本件指導要綱八条五項に基づく公共下水道整備協力金三八三万七九〇四円及び同要綱一一条五項に基づく公園等整備協力金六二六万三四〇〇円の合計金一〇一〇万一三〇四円を納付し、同日、本件建物の建築確認を得た。
(3) 鈴木課長は、被告の吏員として、本件指導要綱が条例ではなく訓令であり、行政指導の指針に過ぎないこと、従って、本件協力金は行政指導により全く任意に交付を求められるにすぎないもので開発事業者に強制できないものであることを知り、若しくは知り得べき立場にあったから、原告に対し本件協力金の納付は決して強制されたものでない旨、誤解が生じないよう十分に説明すべきであった。
しかるに、鈴木課長は、本件行政指導をした際、そのような説明は一切なさず、かえって、原告に対し本件協力金は本件指導要綱に基づき制度的に納付が義務付けられている旨を明言し、納付を強制したものであるから、鈴木課長の本件行政指導は、故意又は重大な過失によって、本件協力金の納付を強制した違法な行為というべきである。
(六) 原告は、違法な本件行政指導によって本件協力金名下に一〇一〇万一三〇四円の支払を余儀なくされ、同額の損害を被ったから、被告は原告に対し、国家賠償法一条に基づき、右損害を賠償する義務がある。
2 予備的請求原因
仮に本件協力金の徴収が違法でなく、本件協力金が任意の寄付であったとしても、
(一) 原告は、本件協力金を強制的な開発負担金と誤信し、かつ右誤信を表示して被告に納付したものであり、意思表示の要素に錯誤があったというべきであるから、右寄付は民法九五条により無効である。
(二) 従って、被告は、法律上の原因なくして原告の納付した本件協力金を不当に利得しており、鈴木課長をはじめ被告の吏員は、本件指導要綱が訓令であって、単なる行政指導の指針に過ぎないことを十分知っていたから、被告は、悪意の受益者として原告の納付した本件協力金を返還すべき義務がある。
3 よって、原告は被告に対し、主位的に損害賠償として、予備的に不当利得として、金一〇一〇万一三〇四円及びこれに対する弁済期経過後である昭和五九年八月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 主位的請求原因について
(一) 請求原因(一)の事実は認める。但し、建築申請を正式に受理した日は、昭和五八年六月七日頃である。
(二) 同(二)のうち、本件確認申請前、原告が伊丹市中高層建築物指導要綱に基づき関係住民に対する説明等を済ませていたことは否認するが、その余の事実は認める。
当時、原告は右指導要綱に基づき地域住民との協議を継続中であったので、被告は、本件確認申請書を正式に受理することなく、事実上預かるにとどめた。そして同年六月七日頃に至って、地域住民との間の協議が成立することが明らかとなったので、被告は、その頃、本件確認申請を正式に受理し、同月一〇日、建築確認をした。
(三) 同(三)の事実は認める。
(四)(1) 同四(1)は争う。
本件協力金は、あくまでも開発事業者の任意の協力によって拠出してもらう寄付金たる性質を有するものであるから、その納付については、条例によらず、要綱をもって定めれば足りるわけである。なお、原告挙示の地方自治法二二四条、二二八条は、地方自治体が自ら事業を行う場合の規定であって、本件の場合の規定ではない。また、原告主張の宅地開発税については、徴収につき種々の制約があり、また多岐に亘る開発関係の規制を税法のみでは賄いえないため、事実上空文化している。
また、現在の法制のもとにおいては、宅地開発を規制するため地方自治体が条例を制定しようとしても、その根拠となるべき法律が存せず、やむを得ず要綱による行政指導によって宅地開発を規制することが始められた。かくして昭和四〇年頃から要綱による宅地開発の規制が全国的にも普及しはじめ、それに伴い協力金納付の取り扱いも定着し、この取扱いは、以来二〇年を経過した現在では行政上の慣行となっている。
(2) 同(四)(2)は争う。
本件指導要綱が開発事業者を指導し、規制しようとするものである以上、文言の形式がある程度命令的語調になることは避けられないが、そうであるからといって、本件協力金の納付が強制されたというわけではありえない
また、本件指導要綱二六条にいわゆる「必要な協力」とは、具体的には「開発に関する承認」を意味し、乱開発を防止して良好な生活環境を保持することを狙いとするものであるから、その趣旨でなされる行政指導に従わない開発がある場合には「必要な協力」即ち承認を与えないというものである。従って、建築確認のごとき、違法のかどのない限り一定の期間内に確認すべきことが法によって義務づけられているものは、「必要な協力」に含まれない。
更にまた、被告において開発事業者に対し口頭で協力金の納付に関する注意を喚起したり、その納付を勧奨したりすることはあるが、本件指導要綱実施後一〇年にわたる実績においても、協力金の納付を義務づけたり強制したことはなく、開発許可や建築確認について協力金の納付を条件としたことは一度もない。即ち、被告としては、本件協力金の不納付者を右要綱二六条にいう「要綱による指導に従わない」者として取扱った事例は全くないものである。
(五) 同(五)の事実のうち、原告が昭和五八年六月一〇日被告に対し、公共下水道整備協力金として三八三万七九〇四円、公園等整備協力金として六二六万三四〇〇円を納付したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告の担当職員は、本件指導要綱に準拠して、原告から本件協力金の納付を受けたものであって、右納付に際し、これを強制したことはなく、この点についての故意、重過失もない。
(六) 同(六)は争う。
2 予備的請求原因について
(一) 請求原因事実は総て否認する。
(二) 原告は、代理人・訴外会社を介し、本件指導要綱の趣旨をよく理解したうえ、任意かつ自発的に本件協力金を被告に納付したものであるから、錯誤の問題は生じない。
第三 証拠<省略>
理由
第一主位的請求の当否
一原告が本件土地に本件建物を建築することを計画し、訴外会社に本件建物の建築を請負わせ、昭和五八年三月一〇日頃、被告に対し本件確認申請をなしたこと、本件確認申請が建築基準法上の建築規制に適合していたこと、被告は、宅地開発を規制する措置として本件指導要綱を制定し、伊丹市における住宅建設事業につき、所定の開発及び建築規制を加えていること、本件指導要綱には原告主張(主位的請求原因(三)記載)のような内容の規定があること、本件建物の建築確認は昭和五八年六月一〇日になされたこと、並びに原告は、同日、被告に対し公共下水道整備協力金として三八三万七九〇四円、公園等整備協力金として六二六万三四〇〇円を納付したことは当事者間に争いがない。
二そこでまず、本件指導要綱及びこれに基づく本件協力金徴収に関する行政の違法性につき判断する。
1 前記争いのない事実に、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一) 昭和四〇年頃から、大都市周辺において宅地や住宅の需要が急速に高まり、開発事業者は、大規模な宅地造成や高層マンションの建設に乗り出したが、これが無秩序な乱開発を招き、一方において住民の良好な生活環境を破壊すると共に、他方において人口流入に伴う学校、公園、道路、下水道等の公共的施設の新増設の必要が各地方自治体に多大の財政的負担をもたらしたため、被告伊丹市においても、昭和四九年五月一五日、本件指導要綱が施行され、行政指導による開発の規制を始めると共に、公共的施設の新増設による伊丹市側の財政的負担を軽減するための方策として、開発事業者の任意の協力によって拠出される寄付金(協力金)制度を採用した。しかしながら、昭和五十五、六年頃から、要綱行政による行過ぎが問題化し、昭和五十七、八年には、建設省や自治省が、通達により寄付金等の取扱いの適性化を指示し、協力金等の寄付金についての適宜見直しも検討されている。
(二) 本件指導要綱は、被告伊丹市における秩序ある開発を期し、良好な都市環境の整備を図ることを目的とし、伊丹市内において行われる開発事業者に対し必要な行政指導を行うための指針として制定されたものであって、開発事業者が自ら当該開発事業に伴う公共及び公益的施設を整備し、又はこれに代えて整備に伴う費用を負担することを原則とし、本件で問題となっている各種の協力金の納付等を定めているが、本件に関する具体的内容は左の通りである。
(1) 公共下水道処理区域(下水道法九条により公示された区域)内で開発が行われるものについては、市公共下水道計画で定めた用途地域別人口を越えて住宅(併用住宅を含む。)が建設されることとなる場合においては、公共下水道への流入を認めない。但し、市長が特に流入を認めた場合で、別に定める「伊丹市公共下水道整備協力金取扱要領」に基づき公共下水道整備協力金を納入したときはこの限りでない(八条五項)。
(2) 開発事業者は、開発区域内に次による公園(緑地)等用地を確保し、施設等を整備したうえ、市に提供しなければならない。
住宅(併用住宅を含む。)を目的とするものにあっては、建設計画戸数から九戸を減じた戸数に一戸当たり3.7人を乗じた人数に一人当たり三平方メートルを乗じた面積以上とする。但し建設計画戸数が二〇戸以上の場合は、九戸を減じないものとする(一一条四項)。
前項により算出された面積が二〇〇平方メートル未満の場合、又は開発区域の周辺に相当規模の公園、緑地もしくは広場が存する場合は、同項により算出された面積に年度当初市長の定める金額を乗じて得た額の公園等整備協力金の納付をもってこれに代えるものとする(一一条五項)。
(3) この要綱による指導に従わない開発事業者に対しては、市は必要な協力を行わない(二六条)。
そして、伊丹市公共下水道整備協力金取扱要領において協力金の算出方法が規定され(八条)、また、伊丹市宅地開発等指導要綱細則には、公園等整備協力金は開発事業の事前協議申請を受理した日における年度の市長が定めた金額をもって算出する(四条一項)、協力金の納期は建築確認申請の日までとする(同条二項)とそれぞれ定められている。
(三) 伊丹市内においてマンション等の共同住宅を建築する場合、伊丹市中高層建築物の建築に関する指導要綱(以下「建築指導要綱」という。)と本件指導要綱が適用されるが、建築指導要綱は被告の建設部建築指導課が所管し、本件指導要綱は都市開発部都市計画課が所管している。被告伊丹市においては、本件指導要綱に基づく行政指導として、被告の吏員が開発事業者に対し本件指導要綱を説明し、口頭で本件協力金の納付に関する注意を喚起したり、その納付を勧奨したりしているが、開発事業者としても右協力金を納付すれば事後の手続きが円滑に行くことから、協力金を納付しているのが現状であり、本件指導要綱施行後、これまで、右協力金の納付を拒否された例はなく、開発事業者が協力金を一括して支払えない場合には市長宛の誓約書を提出させて分割払も認めている。なお、被告伊丹市においては、本件指導要綱に基づく本件協力金は、「寄付金」として一般会計に組入れられ、公共施設等の拡充整備の費用に充てられている。
(四) 本件指導要綱二六条は、本件協力金の不納付の制裁措置として建築確認を拒否できることを定めたものではない。即ち、被告においては、建築確認は建築指導課が所管しているが、これは関係所管部課の点検及び確認印を確かめたうえ建築主事によってなされ、一方、本件協力金の納付は都市計画課で取り扱っているが、同課においては本件協力金の納付に関係なく、本件指導要綱の内容に合致していると判断すれば右確認印を押しており、従って、本件協力金の納付と建築確認は所管が異なり、手続上、本件協力金の納付が建築確認の条件とはなっておらず、その不納付の制裁措置として建築確認の拒否が認められているものではない。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
2(一) 右認定の事実によれば、本件指導要綱は開発事業者に対する行政指導の指針にすぎないものであるとはいえ、各規定の文言は開発事業者に一定の義務を課する法規と同一の形式を採っており、また、その内容も、単に宅地の開発及び住宅の建築に留まらず、公共下水道の処理、公園緑地の確保等の環境行政にも規制が及び、かつまた、本件協力金の算出方法も要領や細則によって定まっており、一定の基準により機械的に算出され、開発事業者の具体的個別的事情は一切考慮されず、従って、本件協力金が、開発事業者の全く自発的な任意の意思による寄付の趣旨で規定されているものとは到底いいがたい。しかも、開発事業者にとって本件協力金の納付が軽からざる負担であることは、弁論の全趣旨により明らかであり、かつまた、前判示のとおり、資金的に余裕のない場合は分割して本件協力金を納付する運用も認められていること、近年においては指導要綱に基づく協力金等の寄付金制度の自粛及び見直しの傾向にあることの事実に徴すると、本件指導要綱及びこれに基づく本件協力金の納付を求める行政には、問題がないとはいえない。
(二) しかし、その実際の運用等についてみると、前判示のとおり、被告においては、本件協力金の納付が建築確認の条件とはなっておらず、その不納付の制裁措置として建築確認が拒否されるものではないこと、任意に拠出された各協力金をその目的に従って使用することは違法ではないところ、被告においても、右協力金を一般会計に組入れ、公共施設等の拡充整備の費用に充てていること、本件指導要綱は、既存の法律の不備を補充して、開発行為に対する規制の強化、開発事業者からの公共施設等の拡充整備費用の徴収等により、開発が地域住民に及ぼす悪影響を緩和し、自治体の財政的負担の急増を回避するため制定されたこと、開発事業者も、事後手続の円滑等の便宜のため、担当吏員の勧奨等により、協力金を納付し、これまで納付が拒否された事例はなかったこと、新規の開発事業者又はその利用者が専ら受益する施設の整備については、「開発者負担の原則」により開発者に相応の負担を求めることは負担及び受益の実質的公平を計るためやむを得ない措置と認められること等を併せ考えると、法令等に直接の根拠がなくても、前記のとおりその必要がある場合には、開発事業者の任意の協力を前提とするものである限り、本件指導要綱及びこれに基づく本件協力金納付に関する行政を違法とすべき理由はないと解するのが相当である。
三次いで、本件行政指導の違法性について判断する。
1 前記認定事実に、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和五七年春頃、本件土地上に本件建物を建築することを計画し、その頃、被告に赴き、担当者から本件指導要綱の内容や本件協力金の説明を受け、公共施設整備等のため協力金制度があることを知った。そして原告は、本件建物の建築を訴外会社に請負わせ、訴外会社が窓口になって被告との折衝を行った。訴外会社は大阪市阿倍野区に事務所を置いているが、大阪市周辺の都市においては開発業者に対し公共施設整備等のための負担金制度が存することを熟知していたので、同年暮れ頃、訴外会社の常務取締役で本件建物建築担当の河合留士(以下「河合」という。)が被告を訪れた。本件建物は共同住宅であったが、伊丹市内において共同住宅を建築する場合、建築指導要綱及び本件指導要綱が問題になり、河合は、被告の担当者から右両要綱に基づいて建築するようにとの指導を受けると共に、右指導要綱の内容や協力金算出の方法につき説明を受けた。河合は、被告においても協力金の制度が存することを了解し、その旨を原告に伝えた。原告は、当初協力金の支払を渋っていたが、訴外会社の説得によりこれを了解し、工事代金に協力金を上乗せした金員の融資を金融機関と交渉した。
(二) 訴外会社は、建築指導要綱に従い、同年一二月末、地域住民への説明会を開催し、昭和五八年二月頃、被告に対し事前協議申請をなした。被告は、内部で検討した結果、本件においては道路設置や拡幅の問題はなかったので、被告の担当者は訴外会社に対し本件指導要綱に定める協力金の支払及び街路灯の設置についての指導をなした。更に、訴外会社は同月下旬に開発承認申請書を、同年三月一〇日に建築確認申請書を被告に提出した。右申請は建築基準法上の建築規制には合致していたが、地域住民との協議がなされていなかったため、被告の担当者は、住民との協議を進めるよう指導して申請書を預った。住民との話合いは、当初は難航したが、同年五月中頃、被告が仲介して話合いの場を設けたことから、話合いの機運が生じ、同年六月初め頃、合意の成立する見込みがついたので、被告は、同月七日、前記申請書を正式に受理し、同月一〇日、建築確認をなした。訴外会社の代表者服部輝三は、前記申請書提出後しばしば、被告を訪れ、鈴木課長等に対し協力金を納めるから早く開発承認をしてほしいと申入れたが、鈴木課長等は、まず住民との合意を取り付けるように指導していた。またその際、服部は鈴木課長に対し協力金を納めなければならないかと質問したことはあったが、鈴木課長は街造りは行政だけではできないので業者も協力して欲しい旨、協力金の納付を説得した。
(三) 本件建物は、計画当初、六階建店舗付き二五戸の共同住宅であったが、原告は、住民との話合いの過程において六階部分を半分削って二二戸に減じ、また、本件指導要綱に基づく公園等整備協力金は、住宅(併用住宅を含む。)が二〇戸未満の場合では安くなるところから、二二戸のうち、二階の一室を事務所に、六階の二室を倉庫に、それぞれ設計変更し、同年一二月一〇日、被告に本件確認申請書を提出したものである。しかし、訴外会社の計算によれば、本件指導要綱に基づく協力金は一五〇〇万円であった。
(四) 原告は、被告に納付する協力金の額が高いので、協力金を支払わず、又は減額する方法はないかと考え、同年五月頃、知合いの市会議員に相談した。そして同議員の仲介で、その頃、鈴木課長に会い、鈴木課長に対し協力金の額の確認及び減額の話をなしたが、鈴木課長は、協力金は本件指導要綱で決まっていること及び民間活力で街造りを進めるために協力金の納付に協力してほしい等と原告や市会議員を説得した。その際、鈴木課長は、原告に対し本件協力金を納付しないと建築確認をしないことをほのめかしたり、納付を強制するような言動はなしておらず、納付に協力してくれるよう説得を重ねた。原告は、同月一八日頃、訴外会社と相談のうえ、本件建物中、共同住宅の用途を一部寄宿舎(独身寮)に変更したため、本件指導要綱一二条にいう学校等用地協力金の納付が必要でなくなり、約五〇〇万円安くなったので、原告は、本件協力金の納付を訴外会社に指示した。
(五) 同年六月一〇日、被告の担当課から協力金の納付書が発行されたので、訴外会社は、あらかじめ用意した小切手で、同日、本件協力金を立替え納付し、原告は、その後訴外会社に対し右金員を支払った。
以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
2 右認定の事実によれば、原告は、本件建物建築についての被告との折衝を訴外会社に任せていたが、訴外会社は、公共施設整備等のための負担金の制度を熟知しており、従って、本件協力金の性質についても認識していたこと、原告自身も被告若しくは訴外会社から右事実を聞いて知っていたと窺われること、訴外会社の代表者も被告に対し再三にわたって本件協力金納付の意思を表明していたこと、原告が被告と本件協力金について交渉したのは鈴木課長との一回だけであり、かつ、その話合いの内容は、専ら本件協力金の減額であったこと、またその際、鈴木課長は本件協力金の納付を強制するような言動はなしていないこと、その後原告は、本件建物の用途を変更し、学校等用地協力金の適用を除外された結果安くなった協力金を納付したものであることが認められるのであり、これ等諸般の事実を併せ考えると、原告は、本件協力金を進んで納付したとはいえないまでも、本件指導要綱の目的や本件協力金の意義を十分理解し、本件建物建築を円滑にするために一応納得して、本件協力金を納付したものと認めるのが相当であり、鈴木課長の限度を越えた本件行政指導により本件協力金を納付させられたものでないことは明らかである。
その他、被告の担当者が本件協力金納付につき限度を越えた行政指導をなしたと認めるべき証拠はない。
3 してみると、被告の担当者から原告に対する本件行政指導が限度を越えた違法なものであるということはできない。
四すると、原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第二予備的請求原因の当否
一原告は、本件協力金を強制的な開発負担金と誤信して納付したもので意思表示の要素に錯誤があった旨を主張するが、前記判示認定のとおり、原告は、本件指導要綱の目的や本件協力金の意義を十分理解し、一応納得して本件協力金を納付したものと認められるから、この点に関し原告に錯誤があったとは到底認められない。
二従って、原告の予備的請求もまた、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第三結論
よって、原告の本訴請求はいずれも失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官砂山一郎 裁判官將積良子 裁判官山本和人)
別紙目録<省略>